それが一体何になるというのか

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「踊ってみた」は不滅ですか?

こんにちは。いきのです!

 

2018年4月15日、日曜日。

「踊ってみた」の歴史の全てが詰まったと言っても過言ではないOADが始まり、そして終わりました。

出演した200人近くの踊り手さん、裏や表で支えていたスタッフさん、そしてこれまで「踊ってみた」を盛り上げてきてくれた大勢のみなさん、本当に素敵な1日をありがとうございました。

 

私が「踊ってみた」を知ったのは2014年だか15年の夏ごろです。びっくりするほど新参です。1回だけ踊オフ参加して動画にも写りこんでるけど、踊ってみたをやったことはそれ以外1度もありません。

 

このブログは、そんな私が「踊ってみた」を語るブログです。新参が嫌いな人はもう多分絶対読まない方がいいやつです......

 

私がこれだけ予防線を張るのも、イルミィとしても踊り手好きとしても、延々と「自分はしょせん新参だから知らないことの方が多い」という新参コンプレックスを重めに抱えているからです。

 

見たことない動画もたくさんあるし、消されたものなんて一生見られないし、もう投稿をやめた踊り手さんで知らない人も大勢います。そもそもの発端であるダンマスだって映像でしか見たことありません。

 

でも昔から知ってる人にいろんなことを教わりました。誰と誰が出会ってどの動画が生まれたとか、あのイベントにはこんな伝説があったとか。約10年の歴史は聞けば聞くほど奥が深く、なんでもっと早く知らなかったんだろうと思ったことは10回や20回では収まらないでしょう。

 

「昔はこうじゃなかった」「今の踊ってみたは変わった」そんな話も何度も聞きました。聞く度に寂しい気持ちになりました。だって私は今、踊ってみたを好きになったから。この文化が今まで続いて来たからこそ、出会って好きになれたから。

 

確かに今は昔とは違うと思います。画質もいいし、撮影場所は自分の部屋じゃなくて綺麗なスタジオだし、みんなダンスも上手くて最初からファンサービスが旺盛な踊り手さんも多い。こういうのを商業的とかセミプロとか言うのでしょうか。

 

確かに好きなことを楽しくやってるところに突然金儲けの気配がしたらカンジ悪いかもしれません。カテゴリーを踏み台にするな、って意見ももっともです。でも、踏み台に出来るほどの土台を築き上げてきたのはそこにずっといた人たちだってことにも気づいて欲しいと思ってます。ここに残り続けた人がいたからこそ、OADが開催出来たんだってことを私は忘れません。

 

OADが終わった今、私は「踊ってみた」は「思い出」で成り立っているジャンルなのだなと感じています。誰かが「やりたい」と言い出した思い出、誰かが「見たい」と言い出した思い出。そういう思いが重なって実現したのが、まさに「幻」のステージですよね?

 

今のニコニコ動画には広告制度もありますけど、1人がいくら課金してランキングを上げても「思い出」を増やすことは難しいでしょう。OADはただランキング上位の踊り手を集めただけのイベントじゃありません。踊っていた人、見ていた人、そして踊れなかった人と見られなかった人の、「やりたい」「見たい」というなによりも強い気持ちが形になったものです。

 

本当にここは不思議な世界ですよね。確立したダンスのジャンルじゃないし、多分そんなに儲からないし、誰がいつ辞めても誰も止められないし。気合いを入れたものほど再生数は伸びなくて、適当に取ったはずの動画が何故か流行ってしまう。そんなジンクスも聞いたことがあります。

 

多分、世界中のみーんなが興味を失くしたら、「踊ってみた」はあっという間に消えるでしょう。それくらい脆い文化です。それはどのジャンルにも言えることかもしれないけど、「なんでもアリ」な分、代わりなんてどこにでもあるのも確か。

 

古参の皆さんに聞いてみたいことがあります。「踊ってみた」は不滅ですか?ずっと永遠に残り続ける文化ですか?私は新参だからか、自信を持って「Yes」とは言えません。

でも「踊ってみた」から始まったものはたくさん知ってます。人と人の繋がりとか、もっと広いコミュニティとか。

 

本気でダンサーを目指した人、クリエイターになった人、アイドルになった人、会社を興した人。踊り手を辞めてまったく別の道を選んだ人も、「辞める」という決断がなければ始まらなかった人生を歩んでるはずです。

 

私は、「踊ってみた」は目指すべき場所ではなく、何かが始まる前のフィールドだと思ってます。動画だけで世界に名を残すことは難しいかもしれないけど、でも動画を投稿しなければ始まらないものがあります。そういうものをたくさん見てきました。

 

OADは過去を振り替えるイベントだったけど、乖離しつつあった「過去」と「現在」をもう一度ごちゃ混ぜにして、ここで同じ時を過ごしたの以上古参も新参も関係ない、みんな同じ仲間だ!って有無を言わさず訴えかけられてるような気がして嬉しかったです。3部のOPでこずえさんが言っていた「終止符であり、始まり」という言葉の意味に、全て終わったあとでようやく気付きました。

 

永遠に続くかは分からないけど、「踊ってみた」はまだまだ終わらないカテゴリーです。終わらないでほしい世界です。今度はまた10年後、いや、5年後、いやもっと早くにでも、あの日のディファ有明にいられなかった人たちをもう一度巻き込む大きなイベントが開催される未来を願っています。

 

ニコニコ動画がある限り、インターネットがある限り、音楽がある限り、ダンスがある限り、誰かが覚えている限り、そこから始まったものが続いている限り、「踊ってみた」が不滅でありますように。