それが一体何になるというのか

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表が出たら私の勝ち、裏が出れば君の負け(MeseMoa.4thシングル「大逆転ディーラー」MV聞き取り&考察)

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表が出れば私の勝ち、裏が出ればお前の負け。そういうゲームなんだよ、成瀬くん。
—「陽気なギャングが地球を回す」(2006)


気取って映画のセリフ引用から始めてみますこんばんはいきのです!ヨーホー!(世界観を統一してこい)

 

MeseMoa.】大逆転ディーラー【4th single】

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公開されましたね新曲......!!
カジノをモチーフとした歌詞がビックバンド風のサウンドで彩られ、めくるめくステップはまるでディーラーが捌くトランプのように鮮やか。
奪うか奪われるかのギャンブルの世界は、人生の全てを賭けるアイドル人生を象徴しているようにも思えます。

ところでオタクってトランプ大好きだよね!わかるよ!!

 

歌詞聞き取り

それはさておき今回も歌詞の聞取りから入りました。英語部分は壊滅的ですがいつもより聞き取りやすかったかなと......!(「あるいはその唇」「だけど黒い剣」のあたりが怪しいですが)

 

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英語について補足してくれた方のツイートもRTしてありますので参考にしてみてください......!ありがたや!

 

今回もほかの楽曲と絡めてくるかと思ったのですが意外とそういう要素が少なくて......!ひとまず物語の大筋を整理するところから始めさせていただきます。

 

ゲームの支配者

主人公となるのは、とあるカジノのディーラー。ゲームをスムーズに回せるようにテーブルを仕切ってプレイヤーをコントロールするのが彼の仕事です。

ある日彼の前に現れたのは、稀に見る強運で勝ち続ける“可憐なギャンブラー”。ギャンブラーは次々とカモを見つけては勝負を仕掛け、賭け金を巻き上げていきます。

しかしディーラーにもディーラーのプライドというものがあり、自分に代わってテーブルを支配されるのは愉快なものではありません。

適宜カードを入れ替え勝敗を調節し、ギャンブラーが勝ち続けることを防ぎます。

 

「おやおや、今日のカモがノコノコといらっしゃった」

(どの口が仰るやら)

 

ディーラーが裏で操作しているとも知らず、ギャンブラーはゲームを続けます。もちろん、テーブルの支配者であるディーラーの前でイカサマは通用しません。

 

それなりの勝率で味を占めたギャンブラーは、次から次へとカモを見つけ身ぐるみ剥ぐ勢いでゲームを続けます。敗者に慈悲を与えないのが真のギャンブラーの暗黙の掟。奪えるだけ奪い尽くさなければ逆に失礼というものです。

素知らぬ顔でテーブルにつくプレイヤーの誰もが、内々では金や勝利に対する執着心を燃やしている。勝負が燃えるほどに人々は本性をあらわにし、ディーラーはギャンブラーが人の裏の顔を暴くことを密かな楽しみとしていました。

 

しかし、ある時からギャンブラーの興味はカモからディーラーへと移ります。常に勝負の外側にいるディーラー。ギャンブラーはこれまで共に戦う仲間のような気持ちでディーラーと向き合ってきましたが、もちろんディーラーにそんな気は一切ありません。

 

「その仮面を剥がして、素顔が見てみたいの」

 

ディーラーの内面に興味を持ち始めたギャンブラーは、カモを貶めながらもディーラーを挑発。ギャンブラーが賭け金を跳ね上げることでプレイヤーは次々と勝負を降り、次第にテーブルはギャンブラーとディーラー、1体1の勝負に。

プレイヤーをカモにするだけでは飽き足らず、ディーラーさえも獲物と勘違いし始めたギャンブラーをディーラーは心の中で嘲笑います。わざと勝機を与え有利なカードを回すと、ギャンブラーは「All in(全賭け)」という大勝負に出ました。

勝負の結果は、ギャンブラーの大勝利。勝ち目のないディーラーの手札に対し、奇跡のような役を揃えてショーダウン。ディーラーは勝利を讃えてベルを鳴らすでしょう。

 

ディーラーの役割

ギャンブルで1度でも思い通りの勝利を得てしまうと、再びその快楽を求めてギャンブルを止められなくなるのが人間の悲しい性質。

ディーラーは勝利を納めたギャンブラーを讃える素振りを見せますが、それこそがこのカジノにおけるディーラーの重要な立ち回り方なのです。

適度な勝利で人を酔わせることでカジノに常連を増やす。いわば訪れる客すべてがディーラーにとっての“カモ”と言えるでしょう。

 

「私は役立たずで哀れな豚」

 

一見ドMばりに自分を下げる歌詞ですが、歌っている智哉さん(智哉さん)の表情がどう見ても敗者のそれではない。口角を上げた口元には何故か余裕さえ伺えます。

 「Shadow Kiss」や「Muddy Water」であれだけ迫真の演技を見せつけてきた彼らが、敗者という立場を歌いながら何故あんな表情なのか?

ギャンブルに酔いしれているという解釈も出来ますが、そもそもディーラーは勝負の外側の人間。負けることで失うものなど何も無いのです。だからこそ自分の負けを堂々と受け入れ、逆にギャンブラーが勝負にのめり込んでいく様子を「美しい」とさえ表現することが出来るのです。

「全て捧げましょう」という歌詞も、ディーラーとして客を立てるためのセリフ。本心ではギャンブルに溺れる人々を安全な高みから見下ろしてほくそ笑んでいるのでしょう。

 

言葉遣いと仮面

さて、今回の歌詞で少し気になったのは、「お戯れをお客様」「ご覚悟を賜りたい」などの丁寧すぎる言い回しです。

敬語は相手を敬うための言葉ですが、同時に壁を作る言葉遣いでもあります。同じ立場ではないことを示し、距離をとるためには最も有効なアピール方法ですよね。

敬語なのがディーラーだと考えると、

 

「その仮面を剥がして、素顔が見てみたいの」

 

とラフに話しかけているのは恐らくギャンブラー側。ディーラーという立場を表す言葉遣いを「仮面」と称し、同じところへ降りてきて一緒に勝利をしないか?と誘っているのではないでしょうか。

しかしディーラーからすれば、立場を捨てても得るものは何もありません。どれだけ挑発してもディーラーとギャンブラーの立場は対等にはならず、手のひらで転がされ続けます。

 

素顔のディーラー

では、この物語はディーラーがプレイヤーを見下し続けるものなのか?ここで気になるのはMVの合間に挟まれるベッドのシーンです。

イントロではカードを切る音やルーレットを回す音、チップを重ねる音のようなものが聞こえますが、ラストで聴こえるのは恐らく自室へ向かう靴の音とベットが軋む音ではないかと。

ベッドシーン(語弊がある…)が象徴しているのは、ディーラーの制服を脱いだひとりの人間。繰り返すようですがディーラーはプレイヤーではないため、テーブルの上では孤独な立場でもあります。勝負に一喜一憂する人間らしい人間たちを見るうち、ディーラー自身もギャンブルの魅力に惹かれ始めているのです。

しかし自ら裏で操作している以上、ディーラーの制服を捨ててギャンブルに興じることも出来ない。何も知らないただの客となって、彼らのように楽しむことは少なくともこのカジノでは不可能です。

ないもねだりをしてしまうのも人間の性。ディーラーはプレイヤーに対する嘲笑とギャンブルへの憧れという決して相容れない想いを抱えながら、自分を支配する主となるカジノに捕らわれ続けるのでしょう。

 

「連れ出してあの向こう側」

 

それはテーブルの向こうか、カジノの外の世界か。

 

ジョーカーと青いカード

ブログのサムネにも採用したアウトロのカット。散らばったジョーカーと赤いカードの裏側の中に、1枚だけ青いカードが混ざっています。

ジョーカーというのはどこにも属さないカードであり、ゲームによって立場が変わる存在。このジョーカーがディーラーだと考えると、1枚の青いカードはカジノに雇われる多くのディーラーの中の異分子と考えられます。

カードの表面がジョーカーなのか、それ以外のカードなのかは確認出来ません。ジレンマに陥ったディーラーがその後どんな道を選ぶのか、それは曲の外側の物語、ということになるのでしょう。

 

以上ここまでが、今回のMVから私が読み取ったストーリーになります。

念押して言っておきますがすべて私のこじつけによる妄想なので、これを信じきらず自分の正解は自分の中で探してみてください......!!

 

早く生で見たいですね!ダンスの全貌も楽しみすぎる!!

 

ではでは今回はこの辺で、ありがとうございました!!